ここまでの人生のあらすじです。

 8月末にテレビの仕事をやめて、これが人生2つ目の黒星になる。

 1つ目の黒星は、大学3年の夏に魔が差して、トカゲみたいな顔した風俗嬢とファーストキスを済ませた時についた。いざ挿入という時にはすっかり頭が冴えていて、そのまま2つ目の黒星を取られなかったのはせめてもの救いだと思う。

 負けたところで悔しいとか悲しいとか思うことはなくて、人生における一つ一つの勝負に区切りをつけられて、むしろ気持ちがすっと楽になる。今回の負けもそう。ここまでずっとピンピンに張ってた緊張がようやく解けたような気がする。どこからこの緊張が始まったのかわからない。

 小さな頃からテレビを見て育った。周りのみんなもテレビを見てて、昨日のテレビの話題に乗れないと寂しい思いをした。そういう理由もあったけど、ただただ好きでテレビを見てた。学校から家に帰って寝てる時以外は本当にずっと見てた。お笑いも好きになった。中学に上がると、テレビで芸能人が言うようなことをマネして友達に笑ってもらってた。

 大学生活は暗かった。ドイツ人の先生に「うつ病ですか?」と聞かれたこともあった。友達は4月に5人できて、卒業するまで増えも減りもしなかった。その友達とも休日に遊ぶようなことは一度もなかった。生きがいみたいなものはあって、落語研究会に入って人前で話したり、講義内の発表で単独でボケたりしたら、なんだか自分はちょっと特別なんじゃないかと思えた(実際そうあってくれよ)。普段話したいことが話せない(話す相手がいない)鬱屈とか寂しさとかをそういうところで自分なりに発散してた。人前で話すの逆算で話のネタを作るために、気になることに首突っ込んでみたり人に話聞いたりして、今思えばなかなか充実した生活だった。それでもやっぱり結果として評価されたいと思ってて、その点に関しては全くだった。

 サークルの先輩と「満足の壺」っていう話をしたことがあった。なぜ自分たちが落語なんかやってるかっていうと、満足の壺っていうのを人それぞれ持ってて、普通は友達や彼女と遊んだりすることでその壺を満たすことができるんだけど、自分たちはそれが叶わないから何かしら代わりになるものを入れなきゃいけなくて、それが落語をして人から笑ってもらったりすることなんじゃないかって話。それで言うと、自分の満足の壺はいつもすっからかんだった。

 3年の冬になって就活が始まり、わーって躁みたいになった。自分には趣味もなくて友達もいなくて、普通に週5日働いて2日休むようなサイクルの仕事をしてると、暗いまま死ぬまでずっと浮かばれないと思った。やりたくない仕事をして、やることのない休みを空費するような生活は勘弁だと思った。だからせめて仕事はただただやりたいことを選ぼうと思った。

 それがテレビの仕事だった。それ以外にはちょっと考えようがなかった。自分が考えたおもしろいことをテレビに乗せて、それで褒められたりして胸張って生きられたら最高だと思った。だから、就活はバラエティ番組の制作会社しか受けなかった。結果的に3社から内定をもらって、その中で一番ちゃんとしてて、かつ過去に有名人を何人も輩出してるところに入った。ここまで完全に順風満帆、ざまあみろって感じだった。

 続く。